輝きに隠された苦労と困難のエピソード
『金閣寺』
古都京都の文化財の一つ。ユネスコ世界遺産、文化遺産に登録されています。
中学校の修学旅行でその輝きと壮麗さに息を呑んだ記憶が蘇ります。
この豪華絢爛な金の寺が京の都に現れるのは中尊寺金色堂の建造から200年後の室町時代。
3代目将軍足利義満は鎌倉幕府の倒幕で衰退してしまった西園寺家から、京都北山の荒廃した土地と山荘を譲り受けます。
この山荘を大改修したうちの堂舎の一つ、舎利殿。
これが、金箔が押され黄金に輝く「金閣寺」です。
義満の死後、この金閣寺は「鹿苑寺」と呼ばれるようになります。
造営には諸国の守護大名が造営費や労役負担が課せられたそうです。
応仁の乱で滅ぼされた大内義弘はこの工事負担を断った事も一因と言われています。
造営費用は100万貫、600億以上とも言われ、直近の改修は1987年、当時の金額で総工費約7億4千万円かかっています。
諸説ありますが、金閣寺造営の裏に莫大な費用や人々の苦役があった事は確かです。
そんなエピソードに思いを馳せ、金閣寺を眺めると、また違った趣を感じるのではないでしょうか。

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